欧米ではよく、メリケン粉でつくったプラシーポというニセ薬を使って、それを与えたものと与えないものとの治癒率をみます。
その結局、薬の効果はそれほど高いものではないことが明らかになっています。 一方、日本では、風邪薬の場合、三週間患者に従来服用したものと新しい薬を使ったものを投与して、その治癒率の差によって効き目が測られますが、その効果を絶大なものとして喧伝する傾向があります。
しかし、どちらにしても、個々の人間に対応したものになっていません。 病気は人間にとって個別なもので、原因や症状も違うのに、おしなべて処方すると医療の力を借りなくても、病気が自然に治癒していくケースがたくさんあります。
最近、その場しのぎと思えるような薬も出てきました。 抗うつ剤や前立腺肥大症の薬ですが、副作用がなく、飲んでいる聞は症状が取れるというものです。
しかし、それは治療薬ではありません。 つまり、治療薬ではない薬が出てきたということです。
前立腺肥大の場合は、男性ホルモンの関係で起きると聞いています。 そうすると男性が150歳まで生きると、全員が前立腺肥大症になるはずです。
抗うつ剤は、症状をある程度抑えてくれますが、危険なのは、薬を飲んでいるときは調子がいいですから、ずっと飲むように医者は指示しています。 すると、本人はよくなったと錯覚して服用をやめてしまいます。
しかし、症状を抑えただけで治っているわけではありませんから、やめたときに自殺をしたりします。 うつ病はなりかけと治りかけに危険が大きいのです。

薬を飲めばなんとかなるという発想はやめたほうがよさそうです。 薬の宣伝も巧妙ですから、惑わされてはいけません。
薬依存症はまるで麻薬常習者と似ています。 今、医学に携わっている人は、対症療法や原因療法という言葉を容易に使っているというか、概念をはっきりしないままにしているような気がします。
私たちが教わったのは、西洋医学は原因療法で、漢方を中心とした東洋医学は対症療法だということでした。 薬方の専門医と話したとき、彼は、「私たちは四O四の症状をあげ、目が乾く、熱がある、咳が出る、鼻汁が出るといったそれぞれの症状に応じて投薬します」「正常であればそのままにしておく」、しかも、「薬はいっぺんに与えないで、まず必要な量を患者の様子を見ながらゆっくり投与していく」と語っていました。
そこには、薬に対する過信がありません。 むしろ、人間がもっている回復力を信じていますし、人間に対するやさしい眼差しを感じます。
一方、今の日本の医学、とりわり薬学は薬の作用で病気が治ると思っていますから、その効果だけに目を奪われています。 しかし、ドイツの薬学では毒物学が中心になっており、毒物の毒性を和らげることによって薬として使えるということを教えています。
そもそも、薬というのは毒であることをしっかり認識しているわけです。 それは、毒がヨーロッパ社会では日常茶飯事に使われていましたから、その恐ろしきを知っている人たちが、その毒をうまく使えば、薬になるかもしれないと考えたからです。

私たちは、薬というのは毒であるという認識をしっかりもつことが大切です。 こうした認識のない薬学とそれに依存している医学というのは、大間違いをしていると思います。
だから、薬依存症から脱却できないのです。 日本の医者や薬学部の人たちは、薬は毒だということを学んでいないし、薬学と医学も切り離されています。
医者は個々の薬についての知識はあるかもしれませんが、やはり薬の効果だけが頭にありますから、少ないより多いほうがいいと考えてしまうのでしょう。 本来なら、薬は毒ですから、そうした点からいうと、東洋医学で使われる生薬はけっして毒ではありません。
日本人は生薬の流れできました。 いわゆる朝鮮人参の系統です。
それはいくら服用しても弊害は出てきません。 薬とはいったい何かを、私たち自身もしっかり認識していないと、薬漬けになって、医療の虜になってしまいます。
医療保険制度の点数制の問題もあります。 よく、何種類もの薬をありがたそうに服用している人がいますが、そういう人は薬を飲まないと病気が悪化してしまうというような苦い顔つきになっています。
医者はむやみに薬を与えているとしか思えません。 患者のほうがうんざりしていることも多いような気がします。
医者も患者も薬の呪縛を断ち切らなければならないのではないでしょうか。 日本ではガンの患者がいまだに増えています。

百科事典には、「ガンとは肉体をつくっている細胞に何らかの発ガン因子が作用して、分裂を不規則に生じさせ、その細胞自体が肉体を構成している制御から離れて、無計画的かつ一方的に増殖して、周囲にある組織を侵し、さらには、血管、リンパ管などを通じて他臓器に遠隔転移し、ついにはもとの肉体へ障害を与え、放置すればその肉体の生命を奪うまでに増殖する病体をいう」とあります。 結局、ガンの原因は外部にあるのではなく、自分の体がガン化するということです。
かつては肺ガンの原因はたばこにある、胃ガンは塩分の摂りすぎが原因などと言われたり、敵である病巣を探してやっつけたりしようとしてきました。 今もこうした発想が根強く残っています。
ガンの療法としては、抗ガン剤、レントゲン照射、摘出手術の三つがあります。 いずれも、ガンを悪者扱いにして除去しようという考え方にもとづいています。
しかし、手術の場合は病気を治しているわけではありません。 足が悪くなったら足を切断してしまうのと同じです。
抗ガン剤とレントゲン療法というのは、たとえ効果が上がったとしても、正常な細胞まで痛めてしまいます。 ガン細胞だけをやっつけることは不可能ですから、結局は体そのものを痛めつけているということになります。
こうした治療によって平均余命が延びたと誇らしげな医者もいます。 生きているか死んでいるかわからない状態であっても、生きていさえすれば、医学の勝利と考えている医者もいるでしょう。
しかし末期ガンの患者が、体中に管を通されてベッドに横たわっている姿を見るにつけ、なんでこんなにまでいきなければならないのか、と考えてしまいます。 薬依存症、医療過信症、そして、スパゲッティ症候群が蔓延する、なんとも不気味な世界になっているのではないでしょうか。
最近では、ガンを宣告されて治療を受けた人とまったく治療をしなかった人をくらべてみたら、治癒率や平均余命にそれほどの差がなかったという結果が出たとも聞いています。 今やガンというと、まるで死の代名詞と思っている人が多いようです。

しかし、昔はガンという名称がなかっただけであって、多くの人はガンで死んでいたはずです。 老衰も今からみれば、ガンだったかもしれません。
ということは、ガンというのは、そんなに怖い病気ではないということです。 私は人間が一五O歳まで生きたらみんなガンになるという仮説を立てました。
ガンは白髪みたいなものではないでしょうか。 白髪は抜いてしまおうというのが現在のガン治療で、白髪なんて放っておこうという選択もあるはずです。
医者はどこまで病気を治せるのか。 臓器移植にも大きな問題があります。
まさに臓器移植は、人間存在そのものへの官潰だと私は考えています。